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随想録

随想録のご紹介

これまでの間、大過なく過ごせたことは、諸先輩、関与先や依頼者、友人・知人、家族を始め、多くの方々のご指導・ご支援のお陰と、改めて感謝の気持でいっぱいです。
 日頃の出来事や体験などを、時折雑感として纏めています。自身のプロフィールの一環として、ご紹介をさせていただきます。


座右の銘

 座右の銘とする言葉をいくつかご紹介したいと思います。
まずは、私の好きな言葉から、「明るい性格は、財産よりもっと尊い」。米国の鉄鋼王といわれたカーネギーの著書にある言葉です。
 私がよく引用する「慶雲応輝」((慶雲 輝きに応ず)と云う言葉があります。
辞書に「慶雲」とは、お目出たい兆しがあるところに 湧き出でる雲とありました。
元気で生き生きと活躍しているところには、自然と慶雲が湧き立ち、人の輪が出来て、周囲を幸せにするエネルギーを与えるのではないかと自己流に解釈しています。
お客様が元気になって、ご自身やご家族、会社の上に慶雲が湧き立つようなお手伝いができれば、私自身にとっても慶雲が近づいて来るのではないかと思っています。ロータリーの大先輩から教えていただいた言葉です。
 もう一つは、「三方よし」。言わずと知れた近江商人の人生訓、即ち「売手よし、買手よし、世間よし」です。
特に、世間よしは、簡潔で含蓄のある素晴らしい言葉だとと思います。売手と買手の二人の間で儲けがあればよしとするのでは、商売は長続きしないのです。それは、全国を行商した近江商人が会得した商売の道といえるでしょう。これは、私どもの仕事にも、社会一般にも当てはまる考え方ではないでしょうか。問題の解決には、争いの当事者二人にとってだけ良い解決というだけでは、まだ本当の解決にはなりません。それは同時に、世間である周囲や社会からも受け容れられ、適正だと評価されるものでなければならないという教えでもあると思います。
 ほかにも好きな言葉がいくつかありますので、次の機会に続けたいと思います。


令和元年 夏 「新年号に思う」

令和元年、第126代新天皇のご即位まことにおめでたい。我が国最古の和歌集である「万葉集」に由来する「令和」、何十年ぶりにその巻の五「梅花の歌」の箇所を開いてみた。
太宰府の長、大伴旅人が正月を祝う宴を開いた。まさにめでたいとき(令月)、あまりに美しく素晴らしい景色と和やかな風情、この感動と共感を遺さずにおくのは惜しいと、あるじを始め宴に加わった全員が梅を題に和歌を詠んだとして32首の和歌が紹介されている。
これから過ごすであろう時空に、「令和」という美しく和やかであれとの願いを込めた名前が付された。何となく気持ちが浮き立つのは、数字や番号の便利さでだけでは言い表せない未来に対するそれぞれの思いや共感が湧くからだろう。
「古今集」を編纂した「紀 貫之」は、その序文で、和歌(やまとうた)は、力を入れずして天地を動かし、鬼神をも感動させ、男女の仲を和ませ、勇ましい武士の心をなぐさめる大きな力があるという。和歌に由来した年号が選ばれたことは、まことに日本固有の文化と価値観を表す優れた選択だと思う。
令和の時代、おそらく平成のときとはまた違った意味で世界情勢の荒波に棹さすことになるだろうが、知恵と勇気をもって明るい未来に向けて漕ぎ出したいと思う。


平成30年 冬 「来し方を振り返る」

慣れ親しんだ「平成」の元号も来年は新しい元号に変わる。その当時まだアラフォーなりたての私が、今や高齢者の一員となった。来し方を思うと果たしてこれでよかったのかと反省しきり。この30年を振り返ると、バブル崩壊、東日本大震災など、何と激動の時代だったのではないでしょうか。再来年の東京オリンピック・パラリンピック、そしてその後の大阪万博へと、我が国の発展と飛躍になるか大いに期待したいと思う。
本年はかつてパリで開催された国連総会で「世界人権宣言」が採択されて70周年に当たる。今年の秋の叙勲で、はからずも人権擁護委員としての在職に関し、瑞宝双光章を拝受することとなり、今上陛下に拝謁する栄に浴することが出来た。これもひとえに皆様のご指導のおかげと心より感謝申し上げると共に、微力ながら人権の普及・啓発活動のお手伝いが出来たことを大変幸せに感じている。私の好きな言葉、かつて憲政の父と謳われた尾崎萼堂(行雄)は、「本舞台は常に将来にあり」といい、私の座右の銘の一であるが、現在に安住することなく自分の果たすべき役割に向けて精進を怠るなとの意味だと理解し、改めて身を引き締めて精進する所存であり、今後とも変わらぬご指導・ご鞭撻を願い上げる次第である。


平成30年 夏 「従心時代」

お陰様で大過なく今年齢70歳、「古稀」を迎えることが出来た。深く感謝申し上げる次第である。「古希」は、唐代の詩人杜甫の「曲江」にある「人生七十古来稀なり」に由来するそうだが、今の時代はありふれた通過点。もう一つ、孔子様によると、70歳となると「己の欲するところに従って則を超えず」の心境に達するということから、これを別名「従心」ともいうとか。
長寿のお祝いには、その先「傘寿」(八〇歳)、「米寿」(八八歳)、「卆寿」(九〇歳)、「白寿」(九九歳)と続き、「紀寿」(百歳)も珍しいことではない時代。それでは「皇寿」とは何歳のお祝いか?。答えは百十一歳。「皇」の字を分解すると、白(九九)、一、十、一で、全部をたすと百十一になるという文字合わせのようだが、今の時代ならかつての古来稀なりと呼ぶにふさわしい。その先は「大還暦」(百二十歳)があると聞くが、それこそギネスブックに載るほどの事例なのであろう。
振り返って、自身の砂時計の残りがいかほどかはわからないが、健康に留意しつつ、周囲に些かでも恩返しが出来るよう大切に時を刻みたいと思う。


平成29年 冬 「努力は必ず報われる」

お目にかかって、とても謙虚な方とお見受けした。墨田区に住んでいる関係で、区内の小・中学校の周年行事に時々出席させていただく機会がある。本年11月、スカイツリーを見上げる地元の業平(なりひら)小学校が、開校百周年を迎えた。
祝賀の記念式典には、卒業生の一人として今はソフトバンクホークスのゼネラルマネージャーである王 貞治 選手の姿があり、二時間余りの式典の最後まで来賓の一人として静かに児童を見守っておられた。式典の後、子どもたちを前にお話をいただいた。王選手は、「たくさんの卒業生の一人に過ぎないが、その代表として子どもたちの前で話す機会が得られて大変嬉しいこと、そして自分は好きな野球に出会うことが出来たが、ぜひ何にでも挑戦して本当に追い求めるものを見つけてほしい。」とのメッセージを伝えられた。6年生からは、『努力は必ず報われる。もし報われない努力があるなら、それは未だ努力とは呼べない。』という王選手の言葉があるが、どのような努力をされたのかとの質問に、「うまくいったとき、それを忘れないよう練習を繰り返した。そうすることでうまくいったことが、より確実に出来るようになり、ずっとそれを続けて来たのです。」と答えられた。
講話の後も、学校関係者や地域の少年野球チームからのサインや色紙の依頼に、予定の飛行機に乗り遅れないかと周りが心配するほど丁寧に対応していただいた。
翌日のテレビには、地元福岡のソフトバンクホークスの優勝パレードに、オープンカーからにこやかに手を振る王選手の姿があった。
業平小学校のホールには、王選手の記念プレートが掲げられている。毎日これを見る子どもたちの心に新たなチャレンジへの意欲が育まれることを期待したい。


平成29年 夏 「若者の挑戦」

弱冠14歳、中学3年生のプロ棋士 藤井惣太 四段、デビュー戦から29連勝の金字塔を達成した。惜しくも30連勝は逃したが、扇に揮毫した座右の銘は「大志」、挑戦は始まったばかりだ。マスコミのインタビューにあどけなさを見せながらも冷静な分析と淡々とした受け答えは、プロの風格を漂わせる。
最近、将棋の世界や卓球競技など未成年の活躍を見ると、底知れぬ潜在能力に驚嘆するばかりだ。幼いころから将棋への才能と関心は並外れていた藤井四段だが、それでも持って生まれた素質や才能を伸ばすには、育ったご家庭の環境が一つのヒントなのかも知れない。ご本人のお母様によると、将棋が上達するよう特別なことをしたことはないが、好きなことを自由に取り組める環境造りをしたと述べておられた。変化の激しい時代、多感な時期の子どもたちにとって色々問題や悩みを抱える世代でもある。子どもたちの素質や才能がどんな環境でも花開くよう暖かい心で見守る社会であってほしい。ここは大人も「森(モリ)」か「加計(カケ)」か?などと蕎麦屋のメニューの品定めはそこそこに若い世代が活躍できる環境作りに多少なりとも貢献が出来たらと思う。失言深謝。


平成28年 冬 「熊本の復興を願う」

今年4月に起きた熊本地震から、はや八箇月となる。この秋 熊本訪問の折り、被災や復興の状況をつぶさに見ることが出来た。熊本市役所の窓からは、市のシンボルの熊本城が一望できる。姫路城などと並ぶ名城の城郭は、城造りの名人とされた加藤清正が築いたという。震度七の地震に天守閣の屋根瓦は剥がれ落ち、せり出した櫓の建物が、奇跡の一本柱として石垣の残りにかろうじて支えられる姿に息をのみ、思わずどうかそのまま持ちこたえてくれと声をかけた。
崩れた石垣の修復には、ばらばらになった石の一つ一つを元に戻す組み合わせのパズルを解く必要があるが、最新の画像処理を応用したコンピューターシステムで崩れた石の位置は再現することが出来るそうだ。それでも人の手で元通り積み上げるのは気の遠くなるような手間と作業が必要で、完全な修復までには20年以上かかると聞く。先日、大西 熊本市長からお話を伺う機会があり、若い市長の熱い思いと市民が一丸となって復興に取り組まれる様子に触れた。地震はいつどこで起きるか予測が出来ない。これまでの経験を生かし、防災対策を怠らないよう思いを新たにした。がんばる熊本市民とそのシンボル熊本城に大きなエールを送りたい。


平成28年 夏 「北斎館オープン」

本年11月に、我が家から10分ほどの墨田区亀沢に北斎美術館がオープンする。建物は金沢の21世紀美術館で知られる建築家妹島和世氏の設計である。4階建の銀色に輝く瀟洒な建物は既に完成し、先日一足先に内部を観覧する機会を得た。
建物のコンクリートが乾き切るまでの半年間は、準備期間として作品はまだ搬入されないものの、一部にレプリカや写真、映像などの展示があり、開館時の雰囲気を十分知ることが出来た。3階には、晩年の北斎と娘の阿栄(おえい)が絵をしたためる様子を再現する精巧なロボットも展示されている。
舟に覆い被さる巨大な波間からの富士を描いた「神奈川沖浪裏」や、赤富士として知られる「凱風快晴」など、富岳三六景はもとより、当時の隅田川の景観を絵巻物にした秘蔵の「隅田川両岸景色図巻」などの貴重な肉筆画も展示されると伺った。
北斎は1760年生れ、90年の生涯をかつて本所割下水と呼ばれた地元に暮らしながら、数多くの優れた作品を残している。150年ほど前のパリ万国博を機に広まったジャポニズムで、その大胆な構図や色彩は、当時のヨーロッパの芸術に大きな影響を与えた。かつて雑誌ライフで偉大な業績を上げた世界の100人として取り上げられた唯一の日本人だそうだ。少々面はゆい気もするが、開館までもうしばらくお待ちいただきたい。


平成27年 「ゆずり葉の頃」

久しぶりに素敵な映画と出合えた。「ゆずり葉の頃」は、岡本喜八監督の奥様で映画プロデユーサーである岡本みね子氏が七六才にして初めて脚本・監督として挑んだデビュー作である。
主人公を八千草 薫が演じ、盲目となった画家に仲代達矢、喫茶店のマスターに岸部一徳、息子役に風間トオルなど渋い俳優が支えている。

主人公が「原風景」という絵画に会うために思い立った旅と出会いは、心の奥に守って来たものを再確認し、残りの人生を自分らしく生る決心を固める旅立でもあった。戦中・戦後を通じて時代の荒波を健気に生き抜いた世代にとって、主人公の凜とした生き方は、清々しい軽井沢の秋と同様、原風景の一つなのかも知れない。フィルム映画のような温かい色合いと美しいアングル、全編に流れる山下洋輔のピアノも心に浸み渡る。
ラストシーンは信州の片田舎のバス停、バスを待つ親子の何気ない会話から、互いを気に掛けながらもそれぞれの生き方を認め合う姿は、おそらく監督自身の心の原風景でもあるのだろう。悲しくはないのだが、ラストシーンは自身の子ども時代の思い出と重なり、自然と涙が滲んだ。

それぞれ与えられた砂時計の残りを大事にしながら、今一度自分自身を見つめ、背筋を伸ばして歩きたいと思った次第である。


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