随想録

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随想録

 今年は、弁護士を始めてから40周年の年となります。これまでの間、大過なく過ごせたことは、全て諸先輩、関与先や依頼者、友人・知人、家族を始め、多くの方々のご指導・ご支援のお陰と、改めて感謝の気持でいっぱいです。
 日頃の出来事や体験などを、時折雑感として纏めています。自身のプロフィールの一環として、はずかしながらご紹介をさせていただきます。

座右の銘

 座右の銘とする言葉をいくつかご紹介したいと思います。
まずは、私の好きな言葉から、「明るい性格は、財産よりもっと尊い」。米国の鉄鋼王といわれたカーネギーの著書にある言葉です。
 私がよく引用する「慶雲応輝」((慶雲 輝きに応ず)と云う言葉があります。
辞書に「慶雲」とは、お目出たい兆しがあるところに 湧き出でる雲とありました。
元気で生き生きと活躍しているところには、自然と慶雲が湧き立ち、人の輪が出来て、周囲を幸せにするエネルギーを与えるのではないかと自己流に解釈しています。
お客様が元気になって、ご自身やご家族、会社の上に慶雲が湧き立つようなお手伝いができれば、私自身にとっても慶雲が近づいて来るのではないかと思っています。ロータリーの大先輩から教えていただいた言葉です。
 もう一つは、「三方よし」。言わずと知れた近江商人の人生訓、即ち「売手よし、買手よし、世間よし」です。
特に、世間よしは、簡潔で含蓄のある素晴らしい言葉だとと思います。売手と買手の二人の間で儲けがあればよしとするのでは、商売は長続きしないのです。それは、全国を行商した近江商人が会得した商売の道といえるでしょう。これは、私どもの仕事にも、社会一般にも当てはまる考え方ではないでしょうか。問題の解決には、争いの当事者二人にとってだけ良い解決というだけでは、まだ本当の解決にはなりません。それは同時に、世間である周囲や社会からも受け容れられ、適正だと評価されるものでなければならないという教えでもあると思います。
 ほかにも好きな言葉がいくつかありますので、次の機会に続けたいと思います。

東御苑、北の丸 界隈を歩く

平成27年 4月

桜や新緑の季節、穏やかな天候の日は、皇居外苑を散策すると、思わぬ自然のたたずまいや歴史に巡り会うことが出来ます。一度、散策されては如何ですか。

当事務所は、九段下の交差点から数分のところにあります。地下鉄の九段下駅を出て、靖国通りを武道館の方に坂を登ると、左側に立派な構えの田安門があります。そこをくぐると、北の丸公園に入ります。

反対側の横断橋を渡れば、靖国神社の大きな鳥居が迎えてくれます。坂をもう少しまっすぐ登ると、千鳥ヶ淵にでます。この辺りは、春には桜のトンネルができ、昼夜を問わずたくさんの人が訪れます。

今回は、神社に寄りませんが、参道はいつも訪れる人が多く、本殿まで7〜8分ほどかかります。お参りの後、本殿の奥にある日本庭園で小休止されると、都会のオアシスのようです。時間があれば、遊就館をお訪ねいただくのもよいと思います。ガラス越しにゼロ戦の展示が見られます。

さて、靖国通りを背に田安門を入ると、目の前には巨大な武道館の建物。大きな競技会やイベントがあるときは、大変な賑わいです。

武道館の脇から木立の中を歩くと、公園の一角に佇んでいるのは、吉田 茂元首相です。銅像の脇にある坂道を下れば、清水門に出ます。清水門の前は、千代田区役所などの官庁街。江戸城のたたずまいは、そのままで、殆ど喧騒を感じない都会のオアシスという環境です。

  • 東御苑 北の丸
  • 東御苑 北の丸
  • 東御苑 北の丸
  • 東御苑 北の丸

そのまま公園内を進むと左に科学技術館があり、間もなく大通りに出ます。そこからお堀を渡る緩い坂を上り切ると、北詰門の入り口に出ます。係官から番号札をもらって東御苑内に入城します。

すぐ目の前には江戸城天守閣跡がそびえ立ち、天守台まで昇ることが出来ます。しばし江戸城の広さを実感、今は芝生と木立の公園となった城内をゆっくりと散策しましょう。

松の廊下のあった場所や、富士見櫓など、歴史を感じさせます。花見時は、千鳥ヶ淵や靖国神社の喧噪と比べ、とても静かでゆっくり楽しめますので、お勧めです。

しばし、園内の様子をご覧下さい。

  • 東御苑 北の丸
  • 東御苑 北の丸
  • 東御苑 北の丸
  • 東御苑 北の丸

石垣の間の緩い坂を下ると、樹木の間から大手町界隈の高層ビルが見え隠れします。大手門から東京駅方面に出ることも出来ますが、しばらく二の丸庭園の池を散策しながら、春ならしだれ桜を、秋なら美しい紅葉を観賞することが出来ます。今回は、庭園の脇にある諏訪の茶屋を訪ねながら平川門側から出ると、目の前は毎日新聞社のパレスサイドビル、東西線の竹橋駅はすぐそこです。

お疲れさまでした。普通に歩いて、約2時間くらいの散歩です。売店は、東御苑内に一箇所ありますが、道すがら自販機などはありませんので、水分を持参された方がよいでしょう。

過去の随想録

平成27年 夏ゆずり葉の頃

久しぶりに素敵な映画と出合いました。「ゆずり葉の頃」は、岡本喜八監督の奥様で映画プロデユーサーである岡本みね子氏が七六才にして初めて脚本・監督として挑んだデビュー作です。
主人公を八千草 薫が演じ、盲目となった画家に仲代達矢、喫茶店のマスターに岸部一徳、息子役に風間トオルなど渋い俳優が支えています。

主人公が「原風景」という絵画に会うために思い立った旅と出会いは、心の奥に守って来たものを再確認し、残りの人生を自分らしく生る決心を固める旅立でもありました。戦中・戦後を通じて時代の荒波を健気に生き抜いた世代にとって、主人公の凜とした生き方は、清々しい軽井沢の秋と同様、原風景の一つなのかも知れません。フィルム映画のような温かい色合いと美しいアングル、全編に流れる山下洋輔のピアノも心に浸み渡ります。
ラストシーンは信州の片田舎のバス停で、バスを待つ親子の何気ない会話から、互いを気に掛けながらもそれぞれの生き方を認め合う姿は、おそらく監督自身の心の原風景でもあるのでしょう。悲しくはないのですが、ラストシーンは自身の子ども時代の思い出と重なり、自然と涙が滲みました。

それぞれ与えられた砂時計の残りを大事にしながら、今一度自分自身を見つめ、背筋を伸ばして歩きたいと思った次第です。

平成26年 冬一人荒野を行く

「一人荒野を行く」は、青色発光ダイオードの発明で今年のノーベル物理学賞を受賞されたお一人である 赤崎 勇氏の座右の銘です。教え子である天野 浩氏と揃っての共同受賞となりました。天野氏も、とにかくまっしぐらに突き進んで来たと振り返る。他方、量産化に道を開いた中村修二氏は、とことん突き詰めるのが自分のライフスタルだと述べられる。いずれも信念を貫く不屈の精神の持ち主であることに違いはないようです。

既に開発されていた赤と緑の発光ダイオードに、あと青色発光ダイオードが揃えば光の三源色で太陽光と同じ白色光が再現できると、世界中で鎬を削る研究がなされながらも未踏の半導体として実現困難とされていました。三氏の研究はその壁を破る画期的な発明で、今や照明はもとよりテレビやパソコン、さらにはブルーレイディスクなど、デジタル時代に飛躍的な進歩と省エネをもたらした成果は計り知れないといわれています。

一昨年の山中伸弥氏の生理学・医学賞の受賞に続き、基礎研究から応用に亘る日本の底力が高く評価されたことであり、大変喜ばしい快挙です。

三氏にとって、ノーベル賞は通過点に過ぎないとのこと、さらなる研究と若い研究者の育成にも意欲を示される。優れた先輩の背中を追って、若手研究者の奮起と活躍を大いに期待したいと思います。

平成26年 夏富岡製糸場の歴史

今年6月、群馬県富岡市の富岡製糸場と絹産業の史跡群がユネスコの世界遺産に登録されたとのニュースは、身近に素晴らしい文化遺産があることを教えてくれました。小さい頃習った社会科の教科書にも、煉瓦造りの建物の写真が載っていたのを覚えています。

富岡製糸場の歴史は、明治政府が維新間もない明治三年に、フランス人ブリュナに最新の製糸場の開設を依頼したのが始まりということです。養蚕の盛んな各地の実地調査を経て、最も適した最初の地として富岡が選ばれた。当時日本の最大の輸出品は生糸であったことから、良質の生糸を大量生産できる体制を目指した明治政府の意気込みが感じられます。未だ煉瓦がなかった時代に煉瓦造りから始めるなど、明治5年に開設されるまでの苦労は並大抵ではなかったと思います。

考えてみれば養蚕が殆ど見られなくなった今でも、明治初期に建てられた工場や歴史的な施設が大切にされ、そのままの姿で受け継がれてきたことは、大変貴重なことです。

実は、官製の富岡製糸場を引き継いだ老舗企業が、昭和62年に工場を閉鎖した後、多額の費用をかけて施設の保全に努め、その後市に移管されてからも、行政や富岡の町並みをこよなく愛する地元の人々の地道な努力の積み重ねがあったといいます。

日本の近代産業の魁けとなった史跡と、富岡製糸場の保存に尽力した老舗企業や地元の人々の熱い思いの一端に触れるため、一度ゆっくり散策してみたいと思います。

平成25年 冬2020年に向けて

2020年東京オリンピック・パラリンピック 開催が決まり、喜ばしい限りです。

事前の予測では、競合相手のイスタンブールやマドリードの優勢も伝えられ、東日本の震災や原発問題等多くの問題を抱えるなか、招致の実現には相当の困難が伴うのではないかと感じていました。

しかし、世界の眼差しは少し違っていたようです。開催の栄誉を掴んだことは、まずは招致活動に携わった関係各位の並々ならぬ努力の賜物でありますが、同時に日本に対する世界からの信頼と評価が込められていることを気づかせてくれたのではないでしょうか。

災害からの復興に結束して立ち向かう姿、清潔で安心・安全な町、穏やかな国民性。世界が羨やむ日本の風土や文化は、わが国固有のDNAです。テクノロジーやデザインは模倣されても、歴史に培われたおもてなしの心は、真似のできない大切な価値なのでしょう。

聖火が燈るのは2020年7月24日。世界から集まった期待と信頼に応えるべく、今からその日をどう迎えるか、それぞれの立場で新たな目標に向けて七年の歩みを始めたいと思います。

まずは最初の第一歩、来年がそのスタートとなる明るい年であることを祈念したいと思います。

平成25年 夏什の掟

三本の矢の効果はいかばかりか、めまぐるしく変動する円相場や株価に、当面は期待を持って見守る時期なのかも知れません。

NHKの大河ドラマ「八重の桜」を毎週興味深く見ています。舞台になった八重の故郷には、「ならぬことはならぬ」という会津精神が根付いているようです。

数年前に鶴ヶ城を訪ねたことがありますが、かつての会津には子供の頃から什(じゅう)というグループを作り、仲間同士「什の掟」と呼ぶ心得に背くことがなかったか、互いに反省し合う習慣があったそうです。
一、 年長者(年上の仲間)の言うことにそむいてはなりませぬ
一、 年長者には、お辞儀をしなければなりませぬ
一、 嘘を言うことはなりませぬ
一、 卑怯な振舞いをしてはなりませぬ
一、 弱い者をいじめてはなりませぬ
一、 戸外で物を食べてはなりませぬ
一、 戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
「ならぬことはならぬものです」

現代にはそぐわない項目があるかもしれませんが、殆どは今もそのまま通用するように思います。時代を問わずならぬことはならぬ、理屈で説明するより人としてわきまえるべき品格について簡潔に説いた教えであろうと思います。

やがて迎える維新、八重と新島襄との出会い、その後の波乱万丈の生涯へとドラマ後半の展開が楽しみですが、八重の生き方の原点は故郷の「ならぬことはならぬ」の教えにあったことは確かでしょう。苦境にあっても信念を貫き、凛として生きぬく八重の姿は、今の時代を生きる私たちに対する力強い応援メッセージのような気がします。

平成24年 冬未来のIPS細胞

山中伸弥教授のノーベル医学生理学賞は、久々の嬉しいニュースでした。「IPS細胞」は、一言でいえば、体のどんな部分の細胞にも育てられる可能性を秘めた万能細胞で、様々に変化した細胞から、逆に変化する以前の細胞に戻すことで、いわばタイムマシンを開発したような医療に新たな道を開く画期的な研究を称されています。

過日、高校生に対する教授の特別授業をテレビで拝見したことがありますが、その中で「万事塞翁が馬」と題して、医師になりたての頃、不器用で「じゃまなか」と呼ばれたこと、臨床医を諦めて薬理研究を目指したこと、アメリカと日本の研究環境の違いに研究を諦めかけたことなど、自身の体験が失敗と挫折の連続であったと語りかけておられた。10の失敗をして、1つの成功が得られる。10の失敗をしなければ1つの成功は得られない。苦しいことがあっても、その後に喜びが控えている。聴講する高校生に、失敗を恐れず挑戦し、日本を支える力となってほしいと結んでおられたことを覚えています。

ご本人が受賞の会見で述べられたのは、「感謝と責任」。たくさんの仲間に恵まれてことが受賞につながったと。そして、自身の研究は、まだ一人の患者の命も救うに至っていない、更なる研究と後に続く優秀な人材確保のために先頭に立つと決意を述べられた。趣味のマラソンに準え、焦らずペース配分を心がけ、いつの日が難病や不治野の病を克服するというゴールに向けて、着実に研究を続けたいと語っておられた。そして、傍らには医師である知佳夫人の、教授の健康を気遣いながら支える暖かい眼差しがとても印象的でした。

関西弁にユーモアを交えた和やかな語り口からは、想像もできない大きな目標とひたむきな熱意に、失敗を恐れずに挑戦する勇気をいただいた気がします。来る年に向けて、日々挑戦する素晴らしい人たちがいることを忘れず、一歩一々前に進みたいと思います。

平成24年 夏伊勢物語とスカイツリー

東京スカイツリーが5月に開業して以来、展望台や商業施設「ソラマチ」は連日賑わいを見せている。
総工費1400億円、着工から約3年半の歳月をかけた巨大プロジェクト。タワーを間近で見上げると、一層その高さに圧倒されるが、数々の困難や危険に立ち向いながら気の遠くなるような作業を繰り返し、計画を実現させた人間のチームワークには、今さらながら驚きを禁じ得ない。

かつて電車の車両基地だったエリアは、今や時代の先端をゆく未来都市となりつつある。「伊勢物語」にゆかりのある駅名も、いつしか「東京スカイツリー駅」に改名されたようだが、江戸から続く温かい人情の町と機械工学の粋を集めたスカイツリーが、うまく調和して新たな人々の交流の起点になることを願っている。

タワーの近くにも、いくつか旧跡が点在している。展望後は、下界に降りて言問団子でも片手に川沿いを散策されては如何。

平成23年 冬正しい「マダマ バタフライ」

オペラは好きですか。
「正しい蝶々夫人」として、新聞やNHK BS放送でも取り上げられましたが、本年の8月、オペラの本場イタリアで、日本のオペラ歌手として知られる岡村喬生氏により「蝶々夫人」が公演されました。

長崎が舞台のおなじみの作品ですが、岡村氏は世界で上演されているこのオペラが、実は初演以来、畳の上に下駄ばきで上がるなど日本文化への誤解だらけの演出が続けられていることに疑問を感じ、祖国に対する間違いを糾すとの思いから、いつか日本人として「正しい蝶々夫人」をイタリアで公演することを、ライフワークとして取り組まれていると伺ったことがあります。

そのプロジェクトが実現しつつあった矢先、今回の東日本大震災で一時計画が吹き飛ぶかに思えたものの、氏は何としてもこれを実現することで被災された方々に少しでも励ましを送れるとの思いから、今回の公演にこぎつけたそうです。

日本人役は日本人歌手に、外国人役は外国人歌手に、そして細部に亘る正しい日本文化の演出にこだわった、ただセリフ上の誤りは最後までプッチーニの遺族の了解が得られず、原作のままとしたとのことでしたが、舞台も幻想的な演出も斬新で、とても感動的であったと高い評価を受けています。
震災への復興には長い時間がかかると思いますが、それぞれの生業や生活の中で、日本人としての矜持と心意気を持ち続けたいと思っています。

平成23年 夏震災に立ち向う

空前の大地震、それによりもたらされた津波と原発の被害は、絶後と云うべき規模に至りました。
政府や行政が本来の機能を発揮出来ない中、真っ先に天皇、皇后両陛下が被災地を見舞われ、深々と頭を垂れるお姿に、国民こぞって被災者への思いと一日も早い復興を誓ったことと思います。
民間からは多くの義捐金が集まり、ボランティアが大勢応援に駆けつけています。
大震災を体験して何が大切か、これまでの価値観や行動基準は大きく様変わりするような気がします。
これからどのような国や社会の仕組みを作り、復興を成し遂げるか、将来の日本は世界の中で尊敬される存在になれるでしょうか。
震災に立ち向かう若い世代の勇気と頑張りに、大いに期待したいと思います。
頑張ろう ニッポン!

平成22年 冬クロスカップリング反応

根岸英一、鈴木 章両教授が、ノーベル化学賞を受賞されたことはまことに喜ばしい限りです。
両教授が発見した「クロスカップリング反応」とは、二つの化合物の繋ぎたい箇所に目印の物質をつけ、触媒作用でこれを繋ぐことにより新たな化合物を合成する手法で、その発見により液晶や医薬品などの開発分野で、飛躍的な発展がもたらされたと聞きました。

鈴木教授は「自分で考え、自分で決めたら突き進むことが大事だ。特許を取っていたらという人があるが、特許を取らなかったから皆が使ってくれた。
研究者は誰でも研究が社会に利用されることを願っている。」と謙虚に研究者の姿勢を話される。

根岸教授は「夢は大きければ大きいほどいい。植物の光合成を人工的に実現することが次世代の使命となろう。
地球温暖化や食料問題解決のカギになる。」と研究者としての夢を話される。
そして、お二人とも共通して、若いうちに海外に出て挑戦することの重要性を説かれている。

科学技術は我が国の将来にとって貴重な財産となるはずです。
厳しい経済情勢にあっても、この国を担うべき若い人材の育成に、もっと関心を払う必要があるのではないかと感じました。

平成22年 夏お帰りなさい「はやぶさ」

地球を離れて7年、60億キロという長旅を終えて「はやぶさ」が帰ってきました。
満天の星空をバックに、光りながら砕け散る本体、その中からひときわ強く伸びる一筋の光は、切り離されて地上に向かうカプセルであることはすぐにわかりました。

壮大な役目を終えて最後の光を放つ姿に、よくぞここまで無事にたどり着いたと、思わず心の中でつぶやきました。
「イトカワ」は、ピーナッツの形をした長さ500メートル程の小惑星、丁度 東京からパリの町角に転がっている豆粒めがけてつま楊枝を命中させ、再び戻ってくるという離れ業なのだそうです。

「はやぶさ」に襲いかかった数々のピンチをチャンスに替え、見事偉業を成し遂げた科学者たち、最後までやり抜く信念と粘り強さにも大いに勇気づけられました。

カプセル内には微粒子が残されているそうです。
その一粒でも「イトカワ」からの贈り物であってほしい。
太陽系の起源を探る貴重な手がかりがつかめるか、研究成果の発表を心待ちにしたいと思います。

平成21年辻井さんの活躍を祈る

先日、辻井伸行さんが、著名な国際ピアノコンクールで日本人初の優勝を果たしたニュースは、うれしい知らせでした。
はにかんだ中にも素直にうれしさを表現するご本人の飾らない印象から、素晴らしい環境と周囲の愛情に育まれて、思う存分才能を伸ばすことができたことを偲ばせます。
ハンデキャップを乗り越えてという驚異を超越した何かがあるようです。
「全盲のピアニストと呼ばないで」は、母親いつ子さんの手記ですが、そこには我が子を慈しむ母親の気持ちと、プロとして我が子を旅立たせる気構えが素直に伝わります。
確かに先日のヨーロッパ演奏には、もう付き添う母親の姿はありませんでした。
そろそろ親離れ、子離れの時期かと思うと述べられていましたが、プロの音楽家としての1人立ちを、そっと見守っている姿が彷彿とさせられる思いです。

20年間、がんばり続けて来て本当によかった、子供には元気で幸せにピアノを弾き続けてほしいと結んでおられた。
ご本人はもとより、ご家族の幸せな気持ちを思うと、演奏を聞く前から、元気を戴いたような気がします。

平成20年「天璋院 篤姫」が面白い

債権流動化ともてはやされた金融商品、その危険性に思い至らずこのような世界的不況の引き金になるとは、誰も予想していなかったのでしょうか。何があってもおかしくない時代と云うほかないのかも知れません。

NHKの大河ドラマ「天璋院 篤姫」が、いよいよ大詰めです。
「幕末の大奥」の著者畑 尚子氏によると、篤姫は自己主張のはっきりとした性格で、自分の判断で行動するタイプだったと評しています。

徳川家茂が長州征伐に上洛して以降、徳川慶喜が鳥羽伏見の戦いに敗れ江戸に戻るまでの三年間、将軍不在の江戸城を守ってきたのは、篤姫と和宮の女性二人でありました。

行動的な篤姫と冷静な和宮とは、大奥のしきたりを巡って一時対立があったようですが、留守を守り、嫁ぎ先の徳川家を存続させるという共通の目的の下、それまでの蟠りは氷解したようです。
そして、大政奉還後の江戸城下は、二人の双肩にかかっていたのです。
篤姫は西郷に、和宮は朝廷に、それぞれ嘆願書を送るなどの働きかけが人を動かし、江戸の町を火の海から守ることに寄与したことは確かなようです。

封建時代にあって、信念を持って事に当り、力を発揮した女性がいたことは、驚異的と云えましょう。激動の時代、来年はきっと女性の活躍が際立つ年なのではないかと想像しています。

平成19年お裾分け

「国家の品格」から始まって、「女性の品格」、「会社の品格」など、品格ブームのようです。
他を思いやる美徳や気品という当然の常識に欠け、好き勝手に振る舞う世の中への反省が込められているのでしょう。
しかし、相変わらず品格を疑われるような老舗あり、役人も出るというのが今の世相のようです。

マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が、第一線を退いて慈善事業に専念すると聞きました。
営業上の配慮もあったのかも知れませんが、その行動に「ノブレス・オブリージュ」という言葉を思い出しました。

辞書には、高い地位や身分の者は、それに相応しい勇気や高潔などの徳を備える義務があるという意味とあります。
今の時代に当てはめれば、図らずも恵まれた地位や才能、経済力を身につけた人は、独り占めせずにその恩恵を自発的に社会に還元すべきとの理念ということになるでしょう。
日本にも「お裾分け」というやさしい言葉があります。
経済の豊かさと裏腹に、精神の豊かさを失うことのないよう日々品格と英知を養って行きたいと思います。

平成18年若者よ、大志を抱け!

サッカーのワールドカップ独逸大会、日本チームは期待された成果をあげられず敗れ去ったのは残念です。
チームとしての纏りも、個々の選手の技量も今ひとつ、世界の壁が厚いことを知らされました。大会を終えての中田選手の引退宣言は寂しい限りですが、全力を尽くした青年の顔には、引き際の潔さを感じます。
『 Boys, be ambitious ! 』 札幌農学校を去る日、学生を前にウイリアム・スミス・クラーク博士が云った有名な言葉です。
「若者よ、大志を抱け! 金銭のためでも、私欲のためでもなく、まして名声などという空疎な目的のためでもない。
人として達成すべきあらゆることに志を高く持て!」と。
博士の日本滞在は、僅か10カ月に過ぎなかったということですが、その教えは学生に多く感化を与え、内村鑑三、新渡戸稲造ら優れた人材を排出しました。

若者たちが、全力で目標に立ち向って行く姿は、いつ見ても勇気づけられます。
選手たちにとって、あるいは国の名誉をかけて、あるいはチームのために、あるいは自分自身の立てた目標のためにと、それぞれの目指すところに違いはあるかも知れませんが、そこに人として何かを達成しようとする強い意思と勇気が伝わるからでありましょう。
新たな目標に向かってスタートする中田選手と、4年後を目指して走り出した選手諸君の今後の活躍に大いに期待しましょう。

平成17年宅急便の父 逝く

郵政民営化で国民そっちのけの熱いバトルが繰り返されています。
宅急便の生みの親 小倉昌男さんが惜しまれつつ他界されたと新聞報道で読みました。
日常語となったお馴染みの宅急便、コンビニで気軽に頼めるゴルフ宅急便やクール宅急便など、市井に根ざした斬新なアイデアと、官に一歩も譲らず規制緩和を求めた開拓魂は、道路公団の利権に群がる官民なれ合いの構造とは、全く異質のものでした。

その斬新な発想と反骨精神は、ご本人によると、親からお上をも畏れぬ江戸っ子気質を受け継いだからといいます。
氏に惹かれるのは、業界のパイオニアやその気概だけではないでしょう。
後年、私財を提供して福祉財団を作り、障害者の自立に尽力されたやさしい眼差しに感銘を受けるからです。
氏の示した気概とやさしい眼差しが、今後も受け継がれて行くことを願いたいと思います。

平成16年マザーテレサの言葉

スリーダイヤの大手自動車メーカーが、存立にかかわる未曾有の危機に陥っています。
欠陥を隠しても企業の利益を追求するという発想は、この会社に留まったことではないのでしょう。
もはや一企業や個人の道徳に期待するだけでは越えられない問題なのではないでしょうか。

ノーベル経済学賞を受賞した経済学者アマルティア・センは、生産や効率を追求するだけのこれまでの経済学から、生存のための経済学を提唱しています。
社会にあって他者との相互関係を自分の価値に反映させる、いわば他人に関心を持つ温かさを持った経済学の必要性を説いています。

私の最も尊敬する人の一人、マザーテレサは、「愛の反対は憎しみではなく、無関心である」と述べています。
人間や社会にとって、本当に何が必要か、どうすれば人間や社会を幸せに出来るか、この問題を考えるとき、そろそろ私たちも傍観者の立場から、当事者としてコミットする時期が来ているのではないでしょうか。

阿部法律会計事務所

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